病ではなく人を診よ

昔、十数年お世話になった、今は亡きH先生はいつもタイトルの言葉を書いた色紙を診察机に立て掛けて診察をしていました。

H先生は人が大好きで、医師に比べてとても弱い立場の私たち患者にも、常に敬語で話しかけてくださり、診断書や紹介状は、目の前で書いて読み上げて、これでいいですか、と聞いてくれてからだしてくれていました。何もなくても15分、問題のある時は1時間、診察をしてくれていました。

先生と話していくなかで、その様子をよく観察してくれていた先生は、素早く薬の調整をしてくれていました。

結婚して、夫の転勤について行って、そこの土地の先生にかかって、それは普通のことではなかったのだと知りました。

どんなに疲れきっていても3分診察で、普通に受け答えできれば同じ薬、そして紹介状をだすには2週間かかり、内容も全く教えてもらえない…

H先生から離れて、初めて患者ってこんなに心細いものなんだと感じました。

医師と精神疾患の患者の間には、どうしようもない立場の違いがあります。権力の違いとも言えます。

精神疾患、特に統合失調症の患者には、今は大分少なくなったけれど、大きな偏見やハンデ、そして、弱い立場ー自分のことを自分だけでは認めてもらえないときーというものが存在します。そんなとき、本当に患者のことを助けてくれる医師と繋がっていられるかどうかは人生を左右するほどの違いがあるのではないかと思います。

病ではなく、私という人を診て、共感してくれて、ときには患者の直面した理不尽に怒ってくれたのはH先生だけでした。

医師にはなれないけど、今の自分の仕事のなかで、H先生のように、仕事をこなすだけでなく、人を見て、ちゃんと現実を見て、本当に困っているのは誰なのか、どこからそれは発生しているのか、その人たちの声を聴いて、対処できる人になりたい、そんな仕事ができるようになりたいと思っていました。

H先生には、統合失調症にならなければ決して会うことはなかったと思います。そして、仕事を辞めようとしていた20数年前の私に、こんなにいい仕事はないから戻りましょう、と言ってくれて、復帰をとても手厚くサポートしてくれました。

H先生に人生を救ってもらって、その恩を私は他の困っている人たちに返すことはできるのでしょうか?

一生かけても返せないかもしれないけれど、ときどき、H先生を思い出します。

私はただの一患者です。それでも、あんな仕事を、自分の仕事のなかで、いつかできないものかと身の程をわきまえない野望があります。

H先生からの遺産です。

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