このブログにお越しいただき、ありがとうございます。
もう12年以上前の出来事なので、今とは状況も変わっていると思いますが、統合失調症を抱えながら育児をしていた頃のことを書こうと思います。
当時、私は転勤族の夫の赴任先について行き、見知らぬ土地で子育てをしていました。
夫は夜以外ほとんど家におらず、日中はワンオペ育児でした。
統合失調症を抱えていることで、保健センターに警戒されたり、医療者に十分に信頼してもらえていないと感じたりすることがあり、戸惑うことも多くありました。
また、インターネットで情報を探すと、「統合失調症なのに子どもを産むなんて」といった偏見の強い言葉に触れることも多く、気持ちが削られていきました。
夫の赴任先は実家から遠く、飛行機や新幹線を使う距離で、頼れる人もいませんでした。
妊娠時にもらった子育て支援のハンドブックを隅々まで読み、実家でお世話になっていた主治医に言われた通り、「社会資源」を活用しながら生活することにしました。
自分の通院時には、ファミリーサポートや一時保育を利用していました。
上の子だけのときは、実はある程度の余裕がありました。
1日3時間お昼寝をしてくれる子だったので、その間に家事を済ませ、ブログを書いたり読書をしたりする時間も取れていました。
それでも私は仕事に復帰したいという気持ちが強く、また夫の希望もあり、無理を承知で2人目を2学年差で出産しました。
しかし、下の子は抱っこしていないと泣く子で、生活は一変しました。
2人同時に寝てくれる時間はほとんどなくなり、夜の睡眠もばらばらになり、慢性的な睡眠不足と疲労が積み重なっていきました。
それまでのやり方ではもう続けていけない、と感じるほど追い込まれていきました。
当時の私は、統合失調症であることを伝えずに、給食のある近所の幼稚園や保育園を探し、なんとか入園させました。
一方で、その頃通っていたメンタルクリニックでは診察時間がとても短く、自分の困りごとを十分に伝えることができませんでした。
今振り返ると、実家でお世話になっていた主治医であれば、状況を相談し、味方になってもらいながら、診断書を書いてもらうなど、別の選択肢もあったのではないかと思います。
「とにかく休養が必要」と伝えてもらえていたら、もっと早く楽になれていたかもしれません。
味方になってくれる主治医の存在は、元気なときにはあまり意識しないものですが、追い詰められたときにこそ、その大きさを実感します。
あのとき、いくつかのクリニックを回ってでも、自分の話をきちんと聞いてくれる医師を選び、医療者も含めて育児を支えてもらう形を取れていたら――それが、今の私の後悔です。
そして今、振り返って思うのは、統合失調症を抱えて育児をする中で大切なのは、
無理を前提にしないこと、
一人で抱え込まないこと、
そして、きちんと話を聞いてくれる医療者や支援につながること
だったのではないかということです。
偏見はすぐにはなくならないし、環境も簡単には変えられません。
それでも、「頼れる人や制度を増やすこと」は、自分でできる大切な対策のひとつでした。
当時の私は、それが十分にできていませんでした。
だからこそ、もし今、同じような状況にいる方がいたら、どうか一人で抱え込まず、少しでも頼れる場所を増やしてほしいと思います。

