今日は診察日でした。
今月からお試し出勤が始まったことを伝えたら、次回の診察は2週間後になりました。主治医も今は気をつけないといけない時期だと思っているようです。
20年前、統合失調症を発症したとき、今よりもずっと長時間寝ていたときにいきなりフルタイムで復帰しました。毎日、働かない頭と眠気を抱えながら、明日、また問題を起こさないで仕事をできるだろうか、このまま続けていけるだろうか、と先の見えないなか仕事をしていたのを思い出しました。
あの頃は、忙しくない職場に異動させてもらえたことと、バカ丸出して仕事の内容を聞きまくって、先輩たちにお情けで教えてもらって、何とか続けさせてもらっていました。いつも綱渡りの気持ちでした。ジプレキサがよく効いて、それほど深刻に考えずにいられたのが救いでした。
それから7年、私は回復傾向にもっていきながら仕事を続けられました。
復帰から8年後のある時期に、適応障害の診断書で1ヶ月の休暇をもらわなくてはならない事態になりました。
その1年前から、人間関係の辛い職場に異動になり、ものすごいストレスをためながら、それを我慢して仕事をしてしまいました。幸いストレスのかかるメンバーは1年で入れ替わり、その間、頑張った私を見ていた上司は今度は人並みの仕事をする部署に私を送りこもうと考えたようでした。
その頃、私は統合失調症を職場では秘密にしていました。
休んだ当時、主治医は職場の上司を呼んで、面談を設定してくれました。
最初に私だけが主治医に呼ばれて、主治医に「はなさん、はなさんは出世したいですか?」と聞かれました。
「出世するよりも仕事を続けたいです。」と即答しました。
「よくわかりました。」と当時の主治医は答えて、それから上司を読んで皆で話し合うときに、
「この病気の人には事務的な仕事を与えてください」
と上司たちに言ってくれました。
上司たちは、それでは私の将来的なキャリアが描けなくなってしまうだろう、そもそも適応障害とはどんな病気なのかと聞いてきました。
面談が終わってからも、上司は私に病気について聞いてきました。当時の上司たちは、何も意地悪で追及してきたのではなく、本当に職場で生き抜くことの厳しさを知っていたので、一度は大変な職場をくぐり抜けないと、一人前になれなくて、結果的に仕事が続かなくなると心配してくれていたのでした。
私はそうなる度に逃げ続けました。
大変な部署に行ってしまえば、通勤に車で1時間は軽くかかります。当時は職場に配慮してもらい、実家の近くに勤務させてもらっていたので無理しないで仕事を続けられていましたが、通勤時間1時間とか、睡眠時間を削るほどの残業とか、プレッシャーの大きい仕事とかが一気にきたら、自分にはやっていけないであろうことが簡単に想像できました。
今でも、職場の上司たちは私は頑張れると思っている節があります。何もなければ私は一見普通の人です。
何度配慮してくれと言ってもダメだったので、偏見覚悟で統合失調症をカミングアウトして、今は産業医からドクターストップをかけてもらおうと思っています。
同期の人たちはもう既に出世していて、私の年齢ではあり得ない平社員のままでいることは、上司たちを困らせているのかもしれません。
もう「普通の社員」から大きく離れてきてしまったのが、居心地はよくはないのですが、「普通」に出世していたら担当しなければならなかったであろう重い仕事を当然のように任されないでいられるのはありがたいです。
私は自分の限界に挑んでいくべきだったのか?と時々思うときもありますが、多分それはできなかっただろうと思うので、それはそれで仕方なかったと思います。
転職するにも田舎なので近くに障害者枠の求人もないし、一度は辞めようとしたものの、なんとなく辞められずに会社に残ってしまいました。
先の見えないことに悩んでいた時期もありましたが、最近はそれに慣れてしまって、そういえば入社してから仕事を続けていけるか心配にならないときの方が少なかったと思い出しました(笑)
安定って、過ぎてみたら安定していただけで、本来はどこにもないのかもしれません。


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