カウンセリングを試した経験談(その1)

H先生亡き後、主治医の先生に現状の困りごとを十分に話す時間がなくなってしまった。

できるだけ短めに、でも現状があまりに辛すぎたので紙にまとめて書いてみたりしたのだけど、それでも嫌がられるようになってしまった。

昔から愚痴を言い合いながら励ましあいながらそれぞれの現実と戦っている戦友のような友人も何人もいた。

ただ、年齢を重ねてくると皆社会的な状況が変わってきてしまう。

私が統合失調症でもたもたしているうちに順調にお付き合いをして結婚をしていた友人。仕事をバリバリこなしていた友人。

あれ、自分って遅れている?と思うときがないわけではなかったが、もともと結婚に夢をもっていたわけでもなかったし、仕事でえらくなりたいと思ってもいなかったせいか、それほど気にしないで「自分は自分。他人は他人。」と思うことができた。

それで、友人に結婚とか仕事の武勇伝とか聞いてもすごい!かっこいい!とか面白がりながら絶賛したりできた。

個人的にこれが私の人間関係における強みだと思う。

周囲を見ていると社会的に成果をだした先輩とか友人、同僚とかをものすごく悪く言う人もいたが、そんなことをしたら自分も相手もそれを見ている皆も気分が悪くなるだけだ。

社会的にうまくいったと喜んでいる友人には私は必ず褒めまくって、それから「どうしたらそんなことできたの?」と興味津々で聞いてしまう。わざとやっていたわけではないが、上手くいったことをほめられて、その秘訣を聞かれて、話さないでいられる人は少ない。こうして私は就職でも結婚でも仕事で苦労したときも友人たちからうまくいく秘訣を教えていただき、さらにH先生からは上司としての見識まで教えていただき、何となく社会の荒波をかいくぐってきていた。

よく育ちなんかで差がつくことを悪く言う人がいるが、自分にないなら持っている人に聞けばいいのだ(笑)。「女子どもは一番下だ。何もできない。」と言われて育ったなら、そう言われながら育った人の気持ちが分かるのだから、そういう立場で悲しんでいる人を励ませばいいし、もともと人間関係で一番下(本当は上も下もないけど(^^;))ならば、その状況に免疫ができているのでマウントをとってくる人をほめてしまうのもいい世渡り法だと思う(笑)。

ところが年齢を重ねるうちに、いつの間にか統合失調症などで遅いスタートをしたはずの自分が「友人の中で一番前を走っている人」の一人になってしまった。

結婚した友人には、離婚した人も、結婚を機に仕事を辞めて家庭のことで苦しんでいる人もふえてきた。

仕事をバリバリやっていた友人も、転職したり専業主婦になったり退職したりする人が増えてきた。

それでも嫌がらずに付き合ってくれる友人は大切にしようとできる限り話を聞いたりアドバイスしたりしていたが、自分の状況が「一般的に見ると」恵まれすぎていたりして自分の悩みを相談しにくくなってきた。

そのまま相談するとイヤミ?と感じてしまうので、若いときは思いっきり愚痴を言い合っていたのが、それをできる友人がとても限られてきた。

でも、40代は「社会的には」幸せでも背負うものが多いわりに制約も異常に多くてストレスがたまるばかりだった。

そんなときに頼みのH先生が亡くなられてしまい、「味方」や「同士」が減ってきた。

そこでカウンセリングを受けようかと思いついた。

長くなるのでその2に続く。

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