皆と同じことができなくてもいい。

ついさっきブログを書こうとしたら、友人から喪中はがきが届いた。皆そういうお年頃だからな~最近、喪中はがきが年に多いときは数枚届く。

そろそろ年賀状を書かねば(-_-;)

ここ数年は光沢のあるインクジェットの年賀状を買ってきて子どものいる友人には子どもの写真つき年賀状を、子どものいない友人には写真のない年賀状を送っていた。去年は発病して入院してた年以来はじめて、体調が落ち着かなくて年賀状が出せなかった。今年は心を込めて送りたい。

去年は仕事に夢中だった。

病気で亡くなる方の後悔に「あんなに仕事ばかりしなければ良かった」というものがあるらしいが、私はそれをやりそうになっていたのだろうか?去年は仕事をしていて、どんどん新しい視界が開けていくようでなんだかんだいって夢中になってしまった。

今年は休職になって仕事から距離をとれている。仕事とも距離感は必要だと思う。人生の喜びを家族だけとか仕事だけとかに限定せず、色々な居場所があった方がいいような気がする。もちろん、今の仕事が続かなかったとしても、何らかの仕事はやっていきたい。

前回の記事で仕事のことで訳の分からないことを書いてないかちょっと心配になった。

私はまだ職場では同じ年齢くらいの人がやるような難しい仕事は任されたことがない。いや、何度か任されたのだけど、見事につまずいてしまった。情けないのだけど、重い仕事が一人前にこなせない…

その代わり、比較的軽い仕事をさせていただいて、それを丁寧にやるのは得意な方だとは思う。それが職場の役に立っているのかはわからないのだけど…。

40代半ばの働きざかりの年齢なのに、それ相応の働きをしない社員を職場はどう思っているのだろう?

職場の元気のいい若い同僚は「一生懸命やってできないことは責めるようなことではないですよ」と言ってくれていたけど…

もうすぐ職場でお世話になった方が産休でしばらくお休みになるらしい…

私がいない穴はもともと持っていた仕事量が少ないから大したことはないけど、この方の穴は大きいだろうなと思う。

可能ならもう少し頑張って体調を整えて、早めに復帰して少しでも役に立ちたいと思ってしまった。

それでも皆と同じには働けないと思う。

全員が同じように働く必要もないと思う。

それでも給料に大差ないのは申し訳ないのだけど…

私は自分が統合失調症をもっていて昔から体調に波があったから、自分の中で「引き際」を決めている。昔読んだWRAPの本を参考にして、自分の中であらかじめここまで体調が変化したらこうする、という目安を作っている。

まず、何となく体調が悪いときは、とにかく必要な仕事を終わらして、その後、きりの良いところで半休とかをとって休む。

目の前の仕事が手に着かない、頭が混乱して仕事ができないところまで疲れたら、仕事が途中でも上司や同僚に状況を話してその日を急遽休みにして帰ってくる。

滅多になかったけど、眠れなくなったら仕事を休むだけでなく病院に連絡を入れて緊急受診する。

これで大体乗り切ってこれた。

これを書いていて、職場環境に恵まれたから今までやってこれたのだな~とよくわかる。私は幸運だったと思う。家族や友人や職場に恵まれたから今までやってこれた。最近感謝が足りなかったな(^^;)

それでも職場でも家庭でも「皆と同じ」に仕事をすることはできないし、その必要はないと思う。自分のできる範囲でできる限りのことはしたいと思うけど…

私の今まで受け持ってきた仕事は職場の「雑用」に近いものが多い。

誰でもできる、替えがきく、事務的な仕事。

それでもただこなそうとするとそれなりの手間がかかる。

どんな仕事にも「仕事」として存在するだけの意味がある。課題がある。

それを、じ~っと考えて、その仕事の課題がすぐにわからないのなら、それを「見える化」するために整理整頓をする。関連情報を調べたり学んだりする。今はネットがあるので調べやすいいい時代になった。

そうしてかみ砕いて自分なりに消化して、関係者と丁寧にコミュニケーションをとりながら、本当に解決できるのはどこの誰なのかを探る。その方と情報を共有しながら、更に課題を整理していく。仕事をきれいに整理していくと、それまで担当者しかできなかった仕事が、皆で課題として共有できて皆が簡単に解決できる状態になる。そうするともうしめたもの。その仕事はものすごく単純で簡単なものに落ち着く。

そうしながら別の新しく皆が悩む仕事で同じことを繰り返していくと、自分の仕事がとてもきれいに掃除できる。

皆と同じように大きな仕事はできなくても、こうして自分なりに仕事を整理していって、それなりに喜んでもらえるとけっこう気持ちがいい。

  1. サトシ より:

    こんばんは、サトシです。

    読ませていただき、過去の自分を思い出しました。
    はなさん、頑張っておられますね。大事な仕事を。

    私が初めて休職した時、デイケア中に仕事の進捗を引き継いだ人に電話で確認したり。
    その後、入院や休職を繰り返しながら復帰後に追いつかなくてはと夢中になったり。
    経験を通して理解したのは、自分の代わりがいて回るのが「会社」というものであると言うこと。そうして「世の中」は正常に回っていると。
    それ以来こう思えてしまいます。
    人に帰属する仕事を抱える社員は(実のところ)仕事ができない人なんじゃないか?
    その人は単に仕事を奪われる恐怖心から、他の社員に理解できないように抱えているんじゃないか? と。
    一方、自分はいつ休職しても仕事が回るようにと、自分の仕事がひと段落した時に恒例にしていた作業があります。
    それが、はなさんが行っているような、突然別の社員が引き継ぐことになった時にこれさえ見れば(読めば)大方わかる、と言うような情報を残すようにしていたのです。

    はなさんのような責任感のある人たちが社会を支えていると思います。
    私はリタイアしてしまいましたが……。

    体調を第一にご自愛ください。
    ではまた。

    • はなはな より:

      サトシさん、今回もコメントありがとうございます。
      いつも職場にいられないと、実は何もしなくても誰がいても回るようになりますよね。
      自分が休むと皆忙しいから本当に必要な仕事だけをやるようになるので、実は私はいらなかったのかと思うこともよくあります。
      しかし、その勢いで人が減らされると皆が死にそうになるので、職場の余裕のためには自分がいてもいいのではないかとも思います。
      真っ先に倒れるのでカナリア的存在として(苦笑)
      むしろ、皆どんどん休んで人生を謳歌しながらそれでも回るのが当たり前だと認識が変わればいいですね(笑)
      私はたまたま職場や制度に恵まれただけなので、今も多くの職場では病気でない人でさえ疲れて辞めていくのが普通の世界なんだろうと思います。
      サトシさんも健闘されていると思います。
      コメントありがとうございます。

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