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統合失調症になって、いえ、なる前から。
私は、自分の「生きられる隙間」が社会の中にあったらいいのに、と思うことがよくありました。
社会は、本当は生きていくのも大変な世界です。
私は、生まれたときからとても貧乏でした。
コミュニケーションも得意ではなく、親も「自分たちは社会の底辺だ」とよく言っていました。
だから、子どもの頃から、
「ここから抜け出すには、勉強を頑張らなければならない」
と思っていました。
一生懸命勉強して、学年で一番になりました。
でも、そうしたら、
「誰のお陰で一番になれたと思っているんだ」
と言われました。
そして、逃げ出したかった地元の高校に、無理やり入れられました。
つらくて仕方がなかった高校時代を、今でも思い出します。
今振り返ると、合う人には合う環境だったのだと思います。
ただ、私には合わなかった。
それだけなのかもしれません。
子どもの父兄の方たちを見ていると、地域で精力的に活動している人もいます。
自営業で地域とのつながりが強い人。
体力があって、仕事をバリバリこなしている人。
そういう人たちは、周囲から頼りにされ、感謝されながら、楽しそうに生きているように見えることがあります。
一方で、生活そのものが大変そうで、生きていくことに精いっぱいに見える人もいます。
人にはそれぞれ、向いている場所や、無理なく生きられる場所があるのだと思います。
私は今も、地元の地域活動やPTAには、ほとんど出ていません。
そして、夫が60歳になって、単身赴任から帰ってきてくれる日を待っています。
いつか、地方都市に移住できたらと思っています。
都会に行けば幸せになれる、とは思っていません。
でも、都会には田舎よりたくさんの人がいて、たくさんの集まりがあると思います。
その中には、私に合う場所もあるかもしれない。
私の「生きられる隙間」を、見つけられるかもしれない。
そんなふうに思っています。
都会まで行かなくてもいい。
地方都市のファミレスで、周りにいるのはみんな知らない人。
そんな場所で、誰にも気を遣わず、ほっと息をつける。
私は、そんな場所が欲しいです。
社会の中に、自分が無理なく生きていける小さな隙間がある。
それだけで、人は少し生きやすくなるのかもしれません。
皆さんには、ほっと息をつける場所、ありますか?

