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今、D・カーネギーの『道は開ける』を読み終え、『人を動かす』を読み始めたところです。
数年前、統合失調症を再発した頃は、ここまで本を読む体力のようなものはありませんでした。
それでもこの2年ほど、漫画を含めて年間75冊以上の読書を続けられていて、少し歯ごたえのある本も読めるようになってきました。
自己啓発本を読みながら、ふと
「自分は変わりたいのだろうか? それとも、変わりたくないのだろうか?」
そんな不思議な気持ちになりました。
自分のままで、自分の思うように生きられたら、それが一番なのかもしれません。
けれど、人生はそう簡単にはいかないことも多いですよね。
これまで私は、
「変わらなければいけないのに、変われない」
そんな苦しさを何度も味わってきました。
リベラルアーツ大学の両学長が言われている「原因自分論」は、その解決のヒントになる考え方だとも思います。
困りごとの原因が自分にも(一部でも)あると考えられれば、自分が関与できる余地が生まれます。
何かを変えたいときには、有効な考え方ですよね。
ただ一方で、それまでの生き方で精一杯やって、それでも統合失調症になるほど苦しんだ自分に対して、「それでも自分にも原因がある」と考えるのは、正直しんどいと感じることもあります。
あの絶望感。
そこから「それでも、自分にも変えられることがあるかもしれない」と思えるようになるまでの道のり。
あの地獄のような感覚は、もう二度と味わいたくありません。
結局のところ、本当に変えたくない部分――自分の尊厳のようなもの――は守りながら、自分なりに「変えられるところだけ」を、少しずつ変えていくしかないのかもしれません。
……正直に言うと、メンタルを病むほどしんどい思いをしてきたのに、「原因の一部は自分にある」という考え方に、また苦しくなることもあります。
そういうときは、AIに相談すると、状況を冷静に整理してくれるので助かっています。
努力や工夫だけでは、どうにもならないことは、確かにたくさんあります。
それでも「自分を生きる」ためには、一度そこから距離を取って逃げ出すこと――
『凪のお暇』の凪ちゃんのように、素の自分に戻る時間を持つことも、
実は「自分を変える」ことの一つなのかもしれない、そんなふうにも思います。
※今回、読んでいて苦しくなってしまった方がいたら、大変申し訳ありません。

