人って、そこに存在しているだけで世界を変えているのだと聞いたことがあります。ひとりひとりの、何をするかやできるかではなく、どうあるか、どう生きているかは、一般に考えられているよりもものすごく影響が強いのだそうです。
統合失調症の方たちはかなりの方が強い原体験を持っていらっしゃって、それをもとに活動されている方も多いのだろうと思います。
ご家族の方も、もしかするとご本人以上に世界を変えたくなるような、強い原体験をお持ちなのではないかと思います。
スキゾを運営されているhoshuさんの原体験を読むと、胸に突き刺さるものがあります。だからこれまでたくさんの困難を乗り越えて、採算度外視でやってこれたのだと思います。参加されている方たちも話を聞くと皆さんそれぞれの強い原体験をお持ちだと感じました。
実は私も統合失調症の発症当時、原体験のようなものはないわけではないのですが、雨が降って地が固まったように、過ぎてみれば統合失調症のお陰で、多分辞めていたと思われる仕事も続けられ、メンターにもなってくれた主治医と出会い、統合失調症になっても変わらず友人でいてくれた人たちに囲まれ、なんだか幸せになってしまって、病気とともに世界が勝手に優しくなってくれて、幸せになってしまい、原体験は確かにあるのですが比較的小さかったです。
私の今の活動の原体験は、結婚して、統合失調症を抱えて妊娠・出産して、転勤族の夫について行って子育てしていたときに感じたものが大きいです。
私は統合失調症になっても、サポートに恵まれて社会復帰ができたのですが、妊娠したとき、統合失調症という言葉を聞いた途端、関係者の顔つきや態度が変わり、統合失調症というだけで犯罪者と言いたいのかと言いたくなる対応をたくさんされて、最初に疑問がでてきました。祝福されない出産って何だろうと悩みました。
それから、上の子を産んで2年くらいは、育てるのが比較的楽な子だったので、毎日3時間お昼寝をしてくれて、その間に、1時間で家事を終わらせ、1時間で本を読み、残り1時間で統合失調症を抱えた妊娠・出産・育児についてブログを書いていました。
下の子を産んでから、自由になる時間がなくなってしまい、また、体力もなくなってしまい、自分だけでは育児を継続することができなくなって、色々な制度を利用しました。
そして、身体もメンタルも見た目も立場も、私はどんどんボロボロになっていきました。社会的な力もどんどん弱くなっていくのを肌で感じました。その傍らで、夫はどんどん出世して、幸せそうになっていきました。私は全然幸せではなくなってしまいました。どんなに言っても、私の不幸を夫は理解できませんでした。
人の不幸の上に、人の幸せがあって、そこから抜け出すことが年々大変になっていくのを肌で感じて、なんとも言えない気持ちを味わいました。毎日仕事に戻りたくて泣くようになりました。
親戚の人には仕事なんかやめてしまえと言われました。そのときに、仕事に戻りたい、仕事に戻って、世界を変えたい。皆の幸せの上に皆の幸せがある社会に変えたい、と強く願いました。
何度も仕事を辞めてパートをすることも考えました。子煩悩な夫を子どもと離すことにものすごい罪悪感を感じました。
子供を連れて実家に戻って仕事に復帰したら、父親から、将来は介護をしろとか言われたり、誰の家にお世話になっていると思っているんだとか言われたりもしました。
何年も頑張って、ストレスと過労でメンタルも身体も悲鳴を上げて、精神科の主治医が長く休ませてくれなければ、私は今、逆に仕事を続けることができなかったと思います。
結局、仕事で成果をだして世界を変えることはできませんでした。しかし、変人で最高に面白い上司に出会ってから、人のあり方の影響はとても大きいことに気づけました。
スキゾの人たちと出会って、できないことは、悪いことではなく、そのときにただできないことなのだと気づけました。そして、統合失調症をカミングアウトして、障害者手帳を取得して、堂々と配慮をお願いすることにしました。
世界は変えようとしても変わらないかもしれません。でも、あなたが変わると、変わっていくのかもしれません。