人に頼ることは大切なスキル

今年は見ていて親が色々あって、厄年?というくらい色々あります…(親のことなので書けません…)

思うのは、段々と社会の中の基準が厳しくなってきていて、良く言えば酷いことになりにくい、悪くいえばそのための責任が重くなっていて、昔のようにおおらかには生きていけないというところでしょうか。おおらかにと言っても、力の強い人にとっておおらかなだけのときもあるので、今は本当は段々と良くなっているのでしょうね。立場の弱い人に対して何かがあったときに、誰も窮地に陥らないようにすることは本当はとても大切なことです。

淘汰されていくということは、そういう中で、時代に合わなくなってきたということなのでしょうね〜

今は公的なセーフティネットが昔よりはだいぶ整備されてきたので、ピンチになったと思ったら、誰かに頼るというか、助けてもらうスキルがあると、とても重宝します。

昔からの農村の社会の中ではとても生きていけなかったであろう私ですが、色々な制度を利用して、何とか生き延びています。

ちなみに皆さんの家族は、自分が統合失調症になったとき、どんな反応をしていましたか?

私の親は、「うちはそんな家系じゃない!」と憤り、昔は親と口論になって、私の口から大きめの声で「統合失調症」という言葉が出ただけで「近所に聞こえる!」と厳しい声がとんできました。

最初に入院した病院もいい病院だったのに、家族会・当事者会を勧められたら、「とんでもない!」と拒否していました。

親は、親の世界の中で、私を好きなように動かそうとしていて、統合失調症になって経歴に傷がついて、近所の同業者の息子と結婚させるのを諦めてました。

親は私の話を聞いてくれないので、働いて、自分でお金を稼いで自立しないと酷いことになるのが目に見えていました。本当は転職したかったのですが、統合失調症になってしまい、特にスキルもなかったので、必死に会社にしがみつかざるを得なくなりました。

何かあると私は信頼できそうな人を色々頼りました。

病気のことは、当時の主治医を本当に信頼していました。主治医は上司の仕事もやっていたので、会社で困ったときも統合失調症を抱えているのを前提で相談にのってくれました。

仕事では、復帰後数年は頭が回らず、しかも仕事を覚える前に統合失調症になってしまったので、恥ずかしいくらい人に聞いていました。上司に同僚、他の支店の同じ仕事の担当者、それから、休みにこっそりパソコンを習ったり、仕事に直結する資格の勉強をしていました。今なら、ネットで調べられることがとても増えましたね~

統合失調症になったことは不幸だったのかもしれませんが、不幸中の幸いというか、転んだら、助けてくれる人が現れて何となくなんとかなることが多かったです。

子育てのときは、過労でボロボロになってから助けを求めてしまいました。

統合失調症への偏見さえなければ、あの時、最初から無理をしないで、統合失調症を理由に認可保育園に預けておければ、今ほど体がボロボロにならないで済んだかもしれません。統合失調症を隠しながら2人の育児とその後、フルタイムで残業たっぷりの生活で、身体はかなり消耗し、今も体力が戻りません。

今は我慢したり、頑張ることが美徳ではない時代になりましたね。体調を悪くする前に何かに頼ることは、楽をしてズルをしているというわけではなく、本人のためでもあるし、それは家族のためでもあるし、その人が健康でいてくれることは、社会のためでもあるのですよね〜

昔の自分にいい聞かせたい…

  1. ころたん より:

    こんにちは。
    助けを求めるのも、スキル、同感です。私も周りに相談したからこそってこともありますし、これからも調子の良い状態を保つために、適度に助けを求てやっていきたいです。
    適度に、ってところがなかなか難しいものですが。
    助けを求めることが出来る、関係の構築も重要に思いました。
    日々助け助けられやっていきたいですね😊

  2. はな より:

    こんにちは。
    コメントありがとうございます。
    共感してくださり、ありがとうございます。
    適度って、確かに難しいですね👀
    頑張り過ぎないってどうしたらできるのでしょう…
    関係の構築も悩みどころですね💧
    意外とできないキャラの方が笑って許されることが多くてお得感はありますね…
    あまりちゃんと返信できなくてすいません💧
    コメントありがとうございましたm(_ _)m

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