マイナスな気持ちの使い方

最近、ネットが発達して、オンラインコミュニティなるものにいくつか参加させていただいています。

私の尊敬する人が、「もしも悩みがあるなら、同じ悩みがある人たちで集まって、団結して世の中を変えていくんだ。」と言っていたのを見て、私は、自分と同じ悩みを持つ人たちのコミュニティに参加してみました。

そこで話していて、驚くほど自由になったのを感じました。人に言えない悩み、人に言ってはいけないと思っていた悩みがたくさんあったのですが、同じ悩みのコミュニティではその枷が外れるので、とても自由にいられました。それまで、自分はその悩みをもっていたことで、「自分はここにいてはいけない」「自分は間違っている」「できない自分には価値がない」と思っていたのだと気づきました。それくらい、自分を縛っていたのだと。そしてその悩みをもつ自分が悪いのだと思っていました。

同じ悩みをもつ人たちと話すうちに、その悩みは自分のせいではないのだと理解しました。その中での違いも少しずつですが受け入れられるようになってきました。自分が許されたような感覚になって、初めて、人の話も受け入れて聴くことができるように少しだけなってきました。

私は、かつてはマイナスの気持ちを、逆境を跳ね返すガソリンとして使っていました。今はちょっと変わりました。

マイナスの気持ちには、「答え」が隠されています。自分の中の「答え」と違う方向に行っているから悩むようなのです。

マイナスの気持ちはそれを使って自分をより深く知ることもできるし、その経験があるから人と共感することができて孤独から救われるのだと分かりました。

でもストレスに潰されるのはもうこりごりなので、体調を維持することや、なるべく人を傷つけないようにストレスを発散する場や方法には気をつけようと思います。

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Uncategorized
のんびり、のほほん

  1. サトシ より:

    サトシです。

    記事の内容に共感します。
    私の場合は他の人のブログで救われました。

    さて、世の中の弱者と言われる人ほど
    健常者と比べて、より多様性を受け入れられる人が
    多いような気がするのは、私だけでしょうか。

    健常者の人たちは日常が強者(?)中心で回っていることに
    気づきにくいため、自分達を平均として考えがちではないか、
    と(自分の発症前を思い出しても)考えてしまいます。

    でも、今では病気になって視野が広くなったという意味でも、
    却ってよかったかもしれないと感慨深いです。

    • はなはな より:

      サトシさん、いつもコメントありがとうございます。
      私も、昔からブログにも救われていました。自分だけではないと分かることってありがたいですね。
      本当に、会社などでは強い人を中心に回っていますね。私の所属している会社では、その中でもきちんと問題意識を持てている人も結構いるので、こんな自分でもまだ居させていただいています。
      おっしゃる通り、弱い立場になってみて、初めて分かることって多いです。世の中は強い人ばかりではないと、弱くならないと気づけませんでしたね。
      人間は最期は皆弱者になることを考えると、そういうことを早くに知っておくのもありがたいことなのかもしれませんね。
      サトシさんの言われる通り、多様性があるのが本来の姿なのに、多様性を認められないのは、世の中を回しているのが強者ばかりだからなのかもしれませんね。
      コメントありがとうございました。

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