常識、非常識。

常識には、それが常識になった理由があります。非常識な人にも、実はほとんどの場合、非常識になる理由があります。

色々な理由で常識のようには生きられなくなってしまって、初めて、非常識だと非難されてきた人たちにも理由があることが肌感覚として分かりました。

そして、自分の非常識さへの罪悪感が少し薄れました。

それぞれの人がそれぞれの事情を抱えているのだから、常識の通りにできなくてもそういうものだと思うようになりました。

常識にも理由があります。その方が幸せになりやすいと多くの人が思うから、常識はあります。

だから、考えるのです。

「私は常識のようにはできないけど、この常識は何のためにあるのだろう?常識のようにはできなくても、どうしたら皆幸せでいられるだろう?」

端から見たら「変な人」なのですが、そこまで構ってはいられません。非常識でも皆が幸せならいいんです。

初めは究極の選択の気持ちでそんな判断を繰り返しているうち、だんだんと、家庭でも職場でもそれが普通のことのようになってきました。非常識でも誰も困らなければ、問題はありません。いいんです、非常識で。

こうして非常識は、また新たな常識になっていきます。

非常識な自分を責める必要はありません。そうでないと生きられないのだから、皆がそれでもよくなる方法を考えて、そう伝えて、やってしまえばいいのです。

自分と同じような苦しみを持っている人は、実は世の中にたくさんいます。そんな苦しんでいるあなたが、常識に縛られるのをやめて、皆が幸せになる非常識をはじめると、実は社会の多くの人が幸せになる新たな「常識」ができていくのではないかと思います。

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