精神科探しに走り回った日々(その2)

前回からの続きです。

職場のパワハラで困り果てて、ストレスが止まらなくなっていたとき、たとえ通院に3時間かかろうともまたH先生にお世話になろうと決心して、H先生のいるクリニックに転院しました。

H先生は再会をとても喜んでくれました。それまであったことを伝えたら「それだけの経験をよくこれだけの薬で乗り越えてきましたね!よく頑張りましたね!」と言われて涙がでそうになりました。H先生はそのとき咽頭がんを患われていて、放射線で治療していて、かすれた声を絞り出すようにお話しされていました。「でも、喉以外はとても元気ですよ!」と変わらず明るく話されていました。

H先生に職場でのパワハラのことを伝えると、昔と同じように、一緒にどうやって乗りきるか考えてくれました。

H先生は私に3ヶ月の診断書を書くと伝えてくれました。そのときの実感としては、3ヶ月も休まなくても(そもそも休まなくても)平気なくらいだったので、先生の提案に驚きましたが、先生は「3ヶ月休まないと職場は変わらないから」と言って、診断書を書いてくれました。

当時の職場では、パワハラをしている人が正しいと上司まで言う状態だったので、先生に自分の言葉を否定しないで聞いてもらえただけで嬉しかったです。

3ヶ月の診断書をだしてから1ヶ月後、体調を悪くしたらしく、H先生は休職されてしまいました。

それから、私の職場復帰の時期にH先生も復帰してこられて、私はまたH先生に診てもらえながら復帰にむかえました。

H先生の予言通り、3ヶ月休んだら職場の上司も問題だと認識してくれたらしく、パワハラしている人に教わらなくてもいい仕事をあてがってもらえました。

ほっとしたのもつかの間、H先生はまた休職してしまい、その後すぐ退職されてしまいました。

後で検索して分かったのですが、それから1年後くらいにH先生はお亡くなりになっていました。

当時は、H先生が心配で、病院側に先生宛の手紙を渡してもらえないか、手紙の中身も見せるし、切手も貼っておくし、病院の方で先生の住所だけ書いて、封をして先生に送ってもらえないかと頼んでみましたが、断られました。H先生にはよくお礼状を書くように言われたのですが、当のH先生には一回しか慌てて書いたお礼状しか渡したことがなかったので、改めて感謝の言葉を伝えたかったです。

それからは、同じ病院の別の先生にお世話になっていました。優しい先生なのでそのままお世話になっていたら、独立されるとのことで退職されました。

H先生の戻る気配もないなかで、他に先生のあてもなく、その先生に着いていくことに決めました。

独立したその先生のクリニックは更に家から遠く、通うのに自宅から2つの県をまたぎました。

そこで1年くらいお世話になっていましたが、その先生は元は優しかったのですが、病院経営という課題を抱えて、次第にめんどくさい客である私を嫌がるようになってしまいました。とうとう、1年数ヶ月後に、職場のパワハラの中で朝7時からから夜10時頃まで我慢をして仕事をし続けてメンタルが限界にきたとき、H先生のときのように統合失調症という病名をぼかして診断書を書いて欲しいと伝えたら、もう地元の病院に行って診てもらってくださいと言われて、一番辛いときに転院しなければならなくなってしまいました。

ここから病院を転々とする旅が始まりました。

その3に続く。

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