信念を変えられない病

統合失調症にはストレス脆弱性といって、ストレス耐性が病気でない人より小さいため、病気になるのではないかという仮説があるようです。専門家ではないので詳しくは分かりませんが…

私の感覚では、確かにある種のストレスにはとても弱いけど一般の人がストレスだと感じることが自分にとってはストレスになるかというと、そうでもなかったりします。

ちなみに私は、統合失調症になってから20年、同じ組織で働いてきましたが、統合失調症を悪化させるストレスは、忙しいとか上司に怒られたとかではありませんでした。

一年のうち一月くらいなら、朝7時から夜の10時くらいまで残業してもやっていけました。数ヶ月は夜8時くらいまで残業もしていましたが、問題にはなりませんでした。(子どもが生まれてからは、家庭も大切にしたかったのでストレスになりました。)

昔、数ヶ月猛烈に忙しくなって、週に3日くらい出張して、残り4日くらい仕事して、休みがなかった時期もありましたが、その理由も納得していたし、一時的なものだと分かっていたので体調が悪化することはありませんでした。

上司にいつも何か小言を言われていた時期もありましたが、上司を信頼していたので、苦にはなりませんでした。

20年前統合失調症になったときや、10年前に妄想がでてしまったとき、今回休んだときのきっかけは、人間関係の悩みや、それが原因で自分らしさを否定してしまったとき、もしくは素の自分のままでは生きていけなくなったときでした。

「こうありたい」という自分を否定したり、捨てようとしたとき、なんともいえない苦しみが襲ってきて、目の前の色彩が感じられなくなって、自分も人も信じることができなくなって、ご飯の味がしなくなって、そして体調が悪化していきました。

20年前に病気になったとき、比較的スムーズに社会復帰できたのは、そのときに友人たちがたくさん心配したくれて、人を信じられるようになって、同時に素の自分でやってみようと思うことができて、復帰してからは素の自分で、自分なりのやり方で仕事に取り組むことができたからです。

統合失調症の方たちと話をしてみると、皆、優しくて、心に芯が通っていて、誰もがそれなりの信念があるように感じます。皆優しいから、もしかすると誰かに信念を変えてしまえと言われて、それが正しいのだと言われて、でも変われなくて苦しんでいたのかな、と思うときがあります。

私自身は、統合失調症であっても、そうでない人であっても、信念を捨てるととても苦しむし、人間として誤作動してしまうのではないかと思っています。

人の信念って、悪いことを考えている人はどこにもいなくて、皆その人なりの素晴らしいものをもっているのだと思います。

私自身は、たくさん苦しんだりした結果、誰もが信念は大切にした方がいいと思うようになりました。

信念は保ったまま、信念を保つのには要らないと思ったものは捨てて、信念との関わりかたを変えました。

人間として、自分として、どうしても曲げられないところは曲げない。でも、それ以外の部分は柔軟に、多少何かあっても、たとえダメな自分でも、そこは許してしまいます。

ここだけは変えられないところは、それがなぜなのか、人にも分かるように丁寧に説明して、そこから外してもらったり、やり方そのものを変えてもらったりしました。

信念って、その人の生きる意味そのものなんですよね。それは病気であってもなくてもそうなんです。だから、周りの人の信念も大切にしようとしながら動きます。そうすると、皆、どこか満足して、こちらの信念も受け入れて尊重してくれたりします。

また、自分を保っていられないくらいの負荷がかかり続けたりすると、人を尊重する余裕がなくなります。そうすると、信念を保つことが難しくなります。私が忙しくなりすぎたくないのはそのためでもあります。

自分の信念を忘れない程度、自分を見失わない程度なら、忙しくても説教されながらでも、統合失調症でもやっていけると思います。

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