できない自分を認めることは、無理をすることより難しい

昨日からジプレキサ(オランザピン)が追加になりました。

ジプレキサはかつて統合失調症を発症してから8年間飲み続けた薬です。

この薬のおかげで、私は無事に仕事に復帰でき、仕事をしながらも回復を続けることができたという、とてもありがたい薬です。

しかし、もちろん副作用もあります。

この薬で一番気になった副作用は、実は「眠気」です。

当時婚活を続けながら、中々結果をだせず、その中で一番心配していたのが、「薬をのみながら妊娠・出産・育児ができるのか?」ということでした。

念のため書いておきますが、薬の種類や量に関わらず「育児をできる人はできる」というのが、色々な統合失調症の方に出会ってわかりました。ですから、統合失調症になったからといって育児できないわけではなく、薬をのんでいるから育児できないわけでもありません。

ただし、全く苦も無くできる人は病気でない人でもいません。

私の場合、統合失調症の易疲労感が実は強かったと最近になって気づきました。

実際、70歳になる私の母親より、私の方がはるかに体力がなく、動けません。

同じ動きをするのに要するエネルギーが私の場合はとても大きいのです。

20代のころ、ジプレキサをのみながら、毎日8時間とか9時間とか寝ているのに、それでも午前中は眠い状況でした。

そんな毎日を過ごしていて、先の見通しが立たず、主治医にお願いしてエビリファイに変えてもらいました。

結果、それほど眠らないでも身体が動くようになりました。

それから、婚活をしながら、私は統合失調症であることを伝えはしましたが、それ以外の社会的配慮がほぼない土俵に自ら立って妊娠・出産・育児に取り組んでしまいました。

私にとって、できない自分を認めることは、無理をすることより難しかったです。

私には「普通の人のように生きていかなければ生きていけない」というそもそもおかしな固定観念がありました。

でも、私自身に統合失調症に偏見があり、家族にも偏見があり、普通の人のように(病気でなくても問題を感じないでできている人は少数派だと後で気づきましたが…)できないことがあると認めることができませんでした。

できないことは、丁寧に状況を説明して、自分もできることはできる限りやったうえで、それでもできないから助けが必要だとお願いしなければ生きていけなかったのだと最近になってわかりました。

実際は、今の自分ではどうにもできないことが多く、病気でない人だって上手くいかないのが当たり前の育児で、ハンデを抱えながら厳しい環境で無理を重ねたら、追いつめられるのは当たり前だったと思います。

これまでの辛さの原因は、夫や家族の無理解ではなく、私ができない自分を認めることができなかったこと、それをふまえて適切に助けを求めることができなかったことにあると理解できました。

だからといって、苦しみや困難な状況が今すぐに楽になるわけではありません。

相手にだって事情はあります。今、私が提供できるものを考えて、提供できるものは提供して、助けていただいたことには感謝して、そのうえで家族や社会に助けていただけるように働きかける。結果はどうであれ、私が受けとる。

子どもを産むことを選んだ責任は私にありますから。統合失調症だって、それは当たり前にあります。

仕事をすることを選んだら、その仕事をする責任もあります。

それも私が選んだことです。

自分や他人や社会を責めたって何も変わらないどころか、状況が悪くなるばかりです。

窮地にたったと思ったら、落ち着いて自分の足元を見なければなりません。見たくない現実と向き合って、できない自分も認めて、その上で余分なプライドは捨てて、誠実にできる対応をしていこうと思います。

その最初の段階として、私には「薬の調整」が必要だと感じていました。

薬は嫌がる人も多いですが、私にはこれがなければ今、生きていないと思うくらい大切で必要なものです。

薬で体調を整えられたら、次は環境です。

自分にとって居心地のいい環境は、黙っていても手に入りません。

自分の状況を冷静に認識して、できることはやった上で、助けが必要なことは丁寧にお願いする。

大変だなんで言っていられません。

この生き方をしたいと思ったのは私なんですから。

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