地域での育児支援とつながるためにしたこと(統合失調症の妊娠出産育児体験記8)

今回は、統合失調症かつ転勤族の妻として育児をしていくために(H先生風に言うと)社会資源とつながるためにしたことについて主に書いてみようと思います。

夫の赴任地には、何もしなければ育児で頼れるのは夫以外いませんでした。

そして、育児をする私は統合失調症をもっていて、多分大丈夫とはいえ無理しすぎるなどして万が一再発したら赤ちゃんが大変なことになる可能性は抱えていると自覚していました。

今思うと我ながら危ない橋を渡ってきたな、子どもが無事に育ってくれて本当に良かったと思います。

当時は育児の大変さをまだ知らなかったのでこんな賭けのようなことをやってしまったのだと思います。

夫と二人で育児をはじめて、最初の1~2か月くらいは生活のリズムを作りながらイザというときのための備えを作っておくことを考えて実行していきました。

ちなみに、赤ちゃんをベビーカーで連れながらスーパーで買い物をするのが億劫で、夫の休日に子どもを夫に託して近所のスーパーでまとめて1週間分の食材を買い、それ以外に生協の宅配に加入して週の半ばに食材を足すという体制で乗り切りました。近所でやっているネットスーパーも利用してみましたが、頼んでから2日くらいかかるし食材が割高でこちらはいまいち使いませんでした。

私は意外と器用な方で、独身時代は一度に4組のお客さんを相手にすることもできたし、ミルクや離乳食の準備と洗濯と料理の3つを同時に進めることもそんなに大変さを感じずにできました。ただ、育児は長丁場なのでいつも全力でやっていると疲れてしまうのでだらだらと育児していました。上の子だけのときはそれができました。

それから知らない土地で育児支援制度の本格的なリサーチと支援につながるための行動を始めました。

最初に、各家庭に一度は助産師さんか保健師さんが訪問する制度を夫の赴任地でもお願いして利用させていただきました。

まずは情報収集からと思っていました。

元気な助産師さんが色々と教えてくれました。

このときに教えていただいたこの地域の情報が、あとで私の危機を救ってくれたので訪問を頼んでおいて本当に良かったと思いました。

このあとこの助産師さんにだけは自分が統合失調症だと伝えました。

実家のあった地域の保健センターから夫の赴任地の保健センターへの私の統合失調症患者としての情報提供を阻止してみたものの、やはり私が再発などして赤ちゃんに万が一のことがあっては大変なことになると判断しました。この助産師さんは市から派遣されているので保健センターにも私が統合失調症だという情報は自動的に流れることになります。

自分が支援を必要とする立場になってみてよくわかりましたが、お医者さんも保健師さんも人間なので色々な人がいて、親身になってくれる人もいれば職業倫理的にどうなの???という人もいる。人をみるようになりました。

保健センターの担当の方は正直いまいち頼りにならなくて、その方に直接統合失調症と伝えたところでいいことはないと判断しました。それよりも訪問に来てくれた助産師さんは地域の事情をよく知っているし、何より信頼できるのが何度もお世話になっていくうちによくわかりました。それで、何かあったときのために、保健センターに情報が筒抜けになることを承知でわざとその助産師さんを選んで直接病気のカミングアウトをしました。

その地域での育児支援情報は当時市役所が冊子にまとめて情報を集約化してくれていました。

そこに困ったときの育児相談の連絡先とか、子育て支援センターとかNPO法人でやっている子育てサロンとか赤ちゃんをつれてお出かけできる場所とか市内の小児科の一覧とか役立つ情報が載っていました。

私は引っ越し後の早い時期にファミリーサポートセンターに登録して預かってくれる方との面会まで済ませておきました。

それから近所の保育園を二か所ほどあたってそれぞれに転勤族の事情を話して一時預かりがいつでもできるように手続きを済ませておきました。

何かあってからいきなり利用しようと思っても不慣れだと大変だと思って、平日にメンタルクリニックを受診するときにこれらの制度を利用してみたりしました。

利用させていただいての感想は、ファミリーサポートも一時預かりも手続きや準備が意外と大変で、特にファミリーサポートは料金が高く、決まった時間で必ずお迎えに行くようにスケジュール調整をするため夫に預けていくよりかなり難易度が高いことが分かりました。それでも夫以外頼れないため何度もお世話になりました。

上の子だけの育児のときは常に見ていないといけない対象が一人だけだったので割と気楽に外出もできました。ベビーカーと抱っこひもは大活躍しました。

ポスティングで市の広報がよく入ってきましたが、それを隅から隅まで眺めて保健センター主催の離乳食教室やママさん教室に上の子の時は全て参加しました。

ママさん教室では保健センターの人に「あなたは転勤族なのだから特にママ友を作りなさい」と言われましたが、私にはどうやっても夫の赴任地でママ友が作れませんでした…

自分に万が一のことがあったときのために、保健センターの栄養士さんや保健師さんにわざと名前を名乗って離乳食や育児に関する相談をたびたびしていました。

これは本当に相談したかったというより、自分が統合失調症なので何かあったときに「統合失調症だからこのお母さんはやらかした」と先入観で処理されないと良いなと思っていたゆえの小さな自己主張でした。普段の行いを伝えておいて、行政の方にある程度自分を知っておいていただいて、万が一自分が統合失調症という理由で何かいざこざが起きても私を証明できる足がかりにしておきたいと思っていました。皆ではないのですが、当時は時々統合失調症というだけで先入観で対応されそうになることがあったので何かあったときの保険代わりにと思っていました。

他にも居場所のようなものをいくらか作ったほうがいいかと思って子育て支援センターに通ってみたり、NPO法人の子育てサロンに通ってみたりもしました。

小児科も、夫の職場の人に情報をもらって最終的には子どもの乳児湿疹をよく治してくれるところを見つけだしました。

それでも子どもが起きているときは目を離せないため、頭では色々考えが浮かんでも実際は何か作業をしなければならないことが多く、そのうえ直接の知り合いがいない土地…もやもやした気持ちがたまりがちになる環境でした。

そこで、当時は空いている時間に実家の母、妹、同じころに出産していた友人たちによく電話をするようになっていました。携帯電話の通話料が当時は高かったのですが、背に腹は代えられないと思い夫の口座からの引き落としにはせずに、独身時代から引き続き自分の口座から引き落とすことにしてその代わり思う存分利用していました。

そうしないとうっかりすると1日中夫以外の誰とも話さない日が続いてしまうので、携帯電話が精神安定剤になっていました。

あの頃は、毎日成長していく赤ちゃんを写メにとって、夫の携帯電話に転送して夫が帰ってきたら子どもの成長を一緒に喜ぶのがとてもうれしかったです。

この文章を書いていて、当時の自分を振り返るともっと子どもの成長をがっつりと楽しめたら良かったな~とは思いましたが、性格とか体調とか環境とかもあったので仕方ないのかもしれません(^^;)。自分なりに頑張って育児していました。

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