医師からの病名の告知と寛解宣言について思うこと

※今回の話はあくまで一当事者の経験と感想です。これを読んでお怒りになられた方はコメント欄に書いていただければ速やかに本記事を削除しますのでお許しください<m(__)m>

私が統合失調症になったのは多分2002年くらい(記憶や計算が苦手なのではっきりと断言できなくてすいません…)だったと思う。

ウィキペディアでググったら2002年から統合失調症という病名に変更されたようなので、私は「精神分裂病」で発症した最後の世代だったのだと思う。

当時、ネットで検索するとこの病気にかかった人は10人に1人の割合で自ら命を絶つと書いてある悲惨な時代だったように感じる。検索してもなんだかいや~な気持ちになる内容ばかりだった。

私は発病当時、早い時期にうつ病と勘違いして精神科病院に行った。たまたま投薬治療の上手な病院で、当時新薬として発売されたばかりのジプレキサを使っていただいてそれがぴったりと合ったので、比較的スムーズに社会復帰できた。

こういう時代背景だったので、今とは病名の告知の感覚が違うであろうことを前提に主治医たちの対応について書いていることをお許しください<m(__)m>

私が自分の病名を知ったのは、実は直接主治医から言われたわけではなく、最初の病院で職場に提出するための診断書に「精神分裂病」と書いてあるのを見てしまったからだった。

病気になった直後で一日中眠くてぼーっとしていたので、よく覚えていられたな~と今でも思うのだけど、何となく覚えていた。

でも、最初に入院した病院の主治医から「統合失調症(精神分裂病)です」と言われたことはなかった。そのかわり、主治医と病状についてはよく話し合った。入院していた同じ病気の先輩から「この病気はものすごく偏見があるから外の世界では言っちゃだめだよ」と教えていただいていたので、対策も何となく共有できていた。ちなみに、当時親はこの病気に関する一般向けのやさしく書かれたパンフレットを病院からもらってきていたのを外泊しているときに知ったが「よくわからん」と放置されていた。そこにも「統合失調症(精神分裂病)」とは書かれていなかった。(最初に入院した病院は独自の家族会まであったので本当はそこに入れば色々な情報を共有できたかもしれないけど、両親は「うちはそんな家系じゃない!」とか言って取り付く島もなかった。今になって考えればあの時代に「家族会」のある病院ってすごくいい病院だったのではないかと思う。)

その後、H先生にお世話になったときはこちらから頼んでいたわけでもないのに、診断書にも「統合失調症」ではなく「精神衰弱状態」と書いていただいていた。

病状を共有しながら一緒に治療をしていたが年単位で病名の告知をされたことはなかった。病状も病名も何となくわかっていて、わかっているのが前提の話をいつもしていたけど…

多分、あの頃はネットとか書籍にもあまり気持ちのいい情報は載っていなかったので、あえて言わなかったのだと思う。今は病名の告知を受けてもいい情報がたくさんでてくるのでいい時代になったと思う。

理由はわからないが、H先生からは「寛解」とも言われたことがない。入院して一か月くらいで幻聴は全て消えて、自覚症状としてはその後聞こえてきたことはない。入院から1年たたずに職場復帰して、その後、配慮された職場に通えたとはいえ、発病後8年目までは特に病気を理由に有給休暇以外を使って休むこともなかった。障害者枠でもなかったし、そこそこ元気に過ごせていたと思う。

私が「寛解」と言われたことがあるのは一度だけ。数年前にH先生亡き後に通っていたメンタルクリニックの主治医に「本当によく寛解している」と言われたときのみ。後でその先生には調子が悪くなったときに「これ以上あなたの面倒をみれない」と言われた。

そんな経験があるから私は「寛解」と言われることに何のメリットがあるのかわからない。統合失調症は薬をのんで脳内物質のバランスを整えておかないと勝手に脳がダメージを受けてしまう病気だと私は解釈している。一度症状は治まっても環境の影響を受けやすく、病気でない人よりも再発しやすい「体質」なのは致し方ない。「寛解」と言われたところで、その意味していることは「今、症状が治まっています」というだけ。

病名の告知よりも寛解宣言よりも、そのときに患者がおかれた状況をよく理解してくれてよくコミュニケーションをとってくれる主治医とともに最善と思われる判断をし続けていくことの方が大切だと思う。

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