退院してから職場復帰の直前まで(主治医編)その4

いよいよ、H先生との職場復帰に関する取り組み実践編です。

その前に、診断書についても一応書いておきます。

最初の病院では、職場への診断書は「精神分裂病」と書かれていたのですが、H先生は特に頼んではいなかったのですが、診断書に「精神衰弱状態」というようなぼかした名前で出してくれていました。

多分、当時はこの病気には偏見が強かったため、あえてぼかした診断名の診断書を書いてくれていたものと思われます。

さて、職場復帰を見据えて、先生は診察で私の体調を会話の中からよく観察してくれていました。

3月下旬に退院してから自宅療養をしていました。

9月に職場の上司を呼んで、先生と私と職場の上司で診察の際に職場復帰に向けた話し合いをしました。

当時は薬でおさまったとはいえ、まだ職場での妄想と幻聴の記憶がなまなましく、上司がきたら私は泣いて取り乱してしまいました。

そういうわけで第1回職場復帰会議は見事に流れてしまい、当時の職場の上司には無駄足を運ばせてしまいました。

その間もH先生は、職場復帰に向けて薬についても色々と調整をしてくれていました。

そのころ、ジプレキサ5㎎を1日3回のんでいました。(1日合計では15㎎のんでいました。)

「職場で飲むのは大変だろうから」

という配慮で、夜1回ジプレキサ15㎎をのむように薬の処方を変えてくれました。

ちなみにそのころ、ジプレキサは新薬として発売されたばかりで2週間ごとの処方でしたが、先生は

「通うのが大変だろうから、倍量出しておくから4週間後に来てください。」

と言われていたため、通院は通い始めのころから4週間おきでした。

いよいよ10月に第2回職場復帰会議?が診察のときにはじまりました。

メンバーは、私、H先生、当時の職場の上司です。

今度は落ちついて参加できました。

あの中で、私は体調と心境を、H先生は医師としての見解を、職場の上司たちは私が復帰するにあたっての職場としてどのような取り組みをしたかを話しあいました。

当時の上司は私の職場での構造的な問題点をよくわかってくれていたようです。そこを改善してくれていました。

業務量も残業しなくて済む量に配慮した、と言われました。

H先生や職場の上司のおかげで統合失調症の自分でも生きていける体制で職場復帰させていただけることになりました。

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